所詮はなにをやらせたってセフレだ

セフレとは果たしていったいどんなものなのだろうか?セフレと聞いて始めに思い浮かべた事と言えばお恥ずかしいことにチフレという化粧品の事だった、つまりこの私にとってはそれほどまでにセフレ、そうセックスフレンドの存在が希薄かつどうでもいい存在であったと言う事なのだ。まぁこれはいまさらと言えば今更な事と言えばそのとおりである、セフレとは縁のない生活をしてきた私である。学生生活をしていた頃の休みの日と言えば日がな一日家の中で黙々とテトリスをやっていたなんとも味気ない残念すぎる学生生活であったのだから、気がつけば待望のテトリスバーの登場と共に私の青春も学生生活もまるで初めから存在しなかったかのようにッパと消えてなくなってしまった、そんな残念すぎる恋愛弱者の私がセフレと言う単語の響きだけでセックスをするのも辞さない関係性の男女、いや必ずしも男女の組み合わせというワケではないのでその言い方はおかしいわけだが兎に角(ちなみにこの兎に角という単語は兎には角は無いとかなんとかそんな感じの仏教用語が元ネタなワケだが要するに何がいいたいのかよくわからない単語だと思いませんか?)そんな灰色の青春を送っていた少年がセフレという単語でセックスフレンドを連想しろというのも若干の無理ゲー感を感じずにはいられないのである。

セックスフレンド、略すとセフレだがはたしてこんな関係性が本当に存在するのだろうか?多く、の場合はなんだかんだ言った所でじつはお互いなんとなく好きな人同士でしたなんて事も普通にあり得るのではないだろうか?そう思って調べてみた所、多くの場合セフレの片方は相手に対して片思い、もしくは失恋を経験しているという結果が出てきたのだ・・・・・・お解り頂けるだろうか?つまり要するに我々のような恋愛弱者に対する希望の旗印であるかのように掲げられていたセフレという関係性はただの虚像でありまやかしの甘言に過ぎなかったのである。
果たしてこのような行為が許されていいのだろうか?いいや良くない、全国のセックスフレンドは等しくできちゃった結婚になってしまえばいいのである、残念な事だが今後の日本はポポポポーンした事によって出産し、子育てにつなげる行為は非常に苦行となる事が予想される、つまり今後のガン発生率が2倍3倍になる日本(しかもほぼガンになるのは子供たちである)で子育てをするという行為はどこまでいっても辛いだけという童貞大勝利な構図にしかならないのだ。

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